水原千里、略歴。

1971年:
東京都のはじっこで生誕。
1973年か1974年頃:
保育園登園拒否。
1977年:
小学校入学。一生を通じて心の底から憎む人物との出会い。
1983年:
某私立の中高一貫校入学。その憎らしい人物が付いてくる。むかつく。憎む人物、次々と量産される。
1984年から1985年にかけて:
初めて性暴力に曝される。通算して数年間は登校拒否、または家を出ても学校へは行かず、フラフラ遊びまわる。主にライヴハウスとレコード屋と洋服屋。
1989年:
東京大学理科一類入学。憎らしい奴らとはようやく縁が切れる。だが赦したわけではないことを覚えとけ。
演劇活動開始。
1992年:
フツウの学生より一年遅れて、東京大学農学部進学。
演劇活動、より活発に。わりと渋谷系とともに在った気がする。
ちょっとだけバブルの空気を体感。
この時初めて実家から離れてひとり暮らし。嬉しすぎた。
1994年:
東京大学大学院、農学生命科学研究科進学。
研究と演劇を意地で両立させていた。しかし研究成果はあまり出ず、担当してくれていた教授には申し訳なかった。その教授は今でも夢の中で僕を憎み、いじめにくる。すみません。
1997年:
博士課程2年の時、公務員試験を受けて農水省の研究職にありつくことを目論む。楽々ではないがまんまと受かり、試験というもののちょろさをここでも知ることになる。ちゃんと対策すりゃ受かるんです。翌年の入省が決定する。
が、その秋、忘れてた誤ちが大人になり口を開けることとなり、精神状態がボロッボロになる。底の底まで堕ちる。もう子供じゃないので流れ星を探すことにした。ひとり暮らしは無理な状態だったが、無理やり続ける。初めて精神科にかかり、初めて精神科に緊急入院。当然入省はドタキャン。農水省の人事の人たち、研究室のみんな、大変だったろうなあ。ほぼ前代未聞感に襲われる。
関係無いがこの年、新宿でエヴァの旧劇場版を観てさらにココロがズタズタに痛くなる。直後、フラフラ入ったCD屋さんでは、スガシカオの1stアルバムが売り出し中の頃だった。時代とは。
この年から現在に至るまで、長い長い闘病生活に入ることになる。

過食嘔吐で死ぬほど体重がなくなり、死にかかることしばしば。ダイエットなんて幸せ者のすることだと知る。しかし痩せていると皮肉なことに可愛い洋服が似合うことになり、病気のためだから仕方ないと自らを騙し、洋服を買い漁る(これはまあ、大学入った時から)。Y’sとCOMME des GARCONSとイッセイミヤケが好きだった。金持ちめ。でも着てみていちばん嬉しかったのは、ローラアシュレイのすごくシンプルなワンピース。確か13号だったと思う。

2002年:
それまで主治医と病院を転々と変わっていたが、この年にやっと今の主治医と出会うことができた。悔し涙と嬉し涙の両方に暮れる入院生活は断続的に続いた。同時期に入院していたやはり重病そうな小柄な女の子に、病棟内で突然口にキスされた。異性の寝室には原則お互い侵入禁止の筈なんですけど、事は僕が寝室にいた時に突然起こった。まあ、びっくりしただけ。のちに手紙をもらったが意味不明。

その後、突然取り憑かれたように音楽制作を始め、性に合っていたのかずっと続けている。そしてゆっくりとゆっくりと緩やかに治療の段階を踏み、現在2020年に至る。

(略歴、終了。)