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お久しぶりです。

こんにちは。
大変ご無沙汰しておりました。水原です。
生きています。
食べていますし、眠っていますし、音楽も作っています。
ただ、去年の8月24日の投稿を最後に、どうしてもこのブログを続けていくのが心身的に負担になってしまい、何のご挨拶もせずに書くのをやめてしまっていました。
それでもたまに、読んでくださっている方がいてくださるのは知っています。ありがとうございます。

そして、また色々と去年とは状況が変わり、少しずつこのブログを書いていこう、というよりは、いちばん書きたかったことを書こうと思うようになりました。
実はそのテキストはもうほぼ完成しています。それは、まだウェブにはアップロードしていませんが、今後noteにアップロードして、皆様が誰でも読める形にしていこうかと思っています。
いちいち出し惜しみなんかしている場合じゃないんですよね、自分の回復のためにも、ここを読んでくださっている皆様の回復に寄り添うためにも。

このブログのタイトル通り、看板に偽りなく、やっていこうと思っています。少々お待ちください…。
ブログ自体は、閉鎖しませんので、また気が向かれた時に来てくださいますと、私としてはとても嬉しく思います。どうぞよろしくお願いします。
それでは、また。

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負けがこんでいる。

はい、昨日も負けました…。(本に。)
これで2戦2敗…。勝ち越せる気がしません。
だけどこれをネタに(誰にもそんなこと言わないけど)アルバム1枚作れると思えば安いもんだなと思います。
しかし思えば、私は私の怒りだけをモチーフに、いままでアルバム作ってきたような気がしています。(怒りっていうのは人間の感情の中で、最も強いものだと言う人もいます。)
それでなくても私の怒りは尽きるところを知らないので、今回の本とは関係無く、それはモチーフになり続けるとは思いますが…。

最近ね、いっぱい寝ちゃうんですよ。それ自体はいいことなんですが、睡眠時間は細切れです。夜中の3時~4時頃に絶対1回は目が覚めます。ま、老化ですね。きっと。イチイチ気にしてられないですがしかし、深く、短い睡眠で、パキッと目が覚めるのには憧れます。
目が覚めた時、何か食べちゃうのがよくないのでしょうか…。今度がまんして、何も食べないようにしてみます。あなたは夜中に目が覚めた時、何か食べたくなりませんかー?、と言うか、とってもおなかが空きませんかー?

今日も仕事行ってきましたが、仕事場である公民館はコロナのせいで、全館食べるの禁止!!(飲むのはいい。)、3時間くらいアタマぎゅいんぎゅいんゆわせながら勉強していると、圧倒的に糖分が足りなくなってくるのがわかる。お菓子ほしい…、けど食べられないので缶コーヒーでがまんです。
仕事から帰ってきて、仕事場の農園で作っているバカうまのプチトマトを喰らい、セブンイレブンのバスチーをも喰らうついでに白ワインも飲みいい気分になってこのブログを書いていますが、このあと、例の本を読みます。
いっぺんには無理かもしれませんが、読み始めたら徹夜してでも読んじゃうかも…。薬も飲むのでわかりませんが、最善を尽くします。
読む時に聴く音楽にもこだわろうと思います。まあ、クラシックかジャズですね。クラシックだったらベートーヴェンの弦楽四重奏、ジャズだったらキースジャレットのピアノトリオあたりで攻めてみます。
今夜は負けないよ。
てゆうか、二日続けて負けてるから、体力余ってるよ!

じゃあ、また明日。
いい報告ができますように…。

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回復すること。

解離(かいり)について。少し書きます。
私にはたまに、眠っていて、あるいは単に横になっていて、
その横になっている自分を、少し高いところから見下ろしてる感じがする時があります。
心が身体を離れてる感じ。
それを私は解離だと思ってるんですが、人によっては少しは違うかもしれませんね。

どうしてそんなことが起こるかというと、
性暴力を受けている時、あるいは受けた後にその事実を思い出してる時、
アタマから離れない時、心から消せない時、
こんな風に苦しんでいる自分は本当の自分なんかじゃない、っていう風に否定して、
苦しんでいる自分を他人のようにみなす時、解離するんだと思います。
解離性同一障害(多重人格)の最初の兆候、なんでしょうね。
私は幸いそこまではいきませんでしたが、知人にそういう人がいる(いた)ことがありました。
すごく大変そうでした。
私の解離は「あー、解離してるなぁ」って思うだけで、
しばらくしたらいつの間にか解離は治ってる。そういう感じです。
あんまりいい兆候じゃないみたいなんですけど、
今のところそんなにひどくなってないし、あんまり気にしないことにしています。
頻度もそんなに多くないし。
だから特に困ってはいないんですけど、不思議な感じがしています。

うすぼんやり横になってる時に多いと思うので、
ぼうっとしてないで、寝るときはどかっと寝るようにすればあんまり解離は起こらないと思います。
でも好きなんですよね、ぼんやりぼうっとしてるの。
そんな風に思えるようになったのは本当に最近なんですけど。
以前は、身体(特におなかのあたり)に力入れていないと怖くって怖くって、いっつもガチガチに緊張してて、力抜いたらフラッシュバック起こしてて、つらかったです。
そういう感じが抜けただけでも、よかったなあって思います。

少しずつ、少しずつ、回復している感じがします。
5年前、10年前に比べれば、すごい回復具合だと思います。
これは5年後、10年後が楽しみですね!
だから歳を取ることも、なんだか最近あんまり怖くないんです。
いま20歳に戻れるよなんて言われても、自分の20歳当時の幼さを考えると絶対にごめんだし、そりゃ、身体は少しずつ衰えてはいくわけですけど、そんなのみんなおんなじですしね。
それよりも、心が回復していくと、今とどんなに違った景色が見えるんだろうと、そんな想像をする方がよっぽど楽しみだったりします。
身体の成長はどこかで止まって、あとは衰えていくのかもしれませんが、心の成長はその人の心構えひとつで天井知らずです。
そう思うと、生きることで怖いものがひとつずつ減っていく気がして、極端な話、死ぬのも怖くなくなると思うんですよね。
だから、性被害の記憶があっても、暴力を受けた記憶があっても、今の私は生きていけます。そう思えるようになるまでの道のりとメカニズムを、今この瞬間に苦しんでいるあなたにお伝えできればと思っています(むずかしい)。

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それは身近な病気です2。

PTSDについても、話さなくてはならないと思います。
あ、その前に但し書きをしておきたいのですが、私はこのブログの目的を忘れてはいけないと、いつも自分に言い聞かせて書いています。それでも時々道を踏み外して書き殴ってしまうこともあるかもしれませんが、私の心は、あなたの苦しみとともにあることだけは、忘れないでいて欲しいのです。

で、PTSDですが。
もうずいぶん世間的に認知された言葉になりましたね。
ポスト・トラウマティック・ストレス・ディスオーダー。
心的外傷後ストレス障害。だったでしょうか。(調べてみたら、合ってました。)
あまりに強い精神的衝撃のため、その衝撃のあとにも著しい苦痛や、生活機能に障害をもたらしているストレス障害、だそうです。(ここはちょっと調べて書きました。)

私の場合、レイプのショックで、人間が怖くなる。食べ物が食べられなくなる。眠れなくなる。解離する。大きな音が怖くなる。とかとか、書こうとするとキリがありません。わかりやすいですよね。わかりやすすぎるくらいわかりやすいです。
でも、私はそれを話すことができるまでに、ものすごく長い年月を要しました。
あなたもそうかもしれません。もしかしたら性暴力を受けた直後で、気持ちが混乱してそれどころではないかもしれません。混乱の真っ只中かもしれませんね。

しかしです、多くのことは時間(と、お金かな…)が解決してくれます。それでも残る解決できないことを、専門家や、家族や、友人たちの力を借りて私たちは解決していくものだと、今の私は思っています。
中には理屈で割り切れることもあれば、スーパーナチュラルな出来事や体験が解決してくれることもあると思います。でも多分、空に向かって口を開けているだけでは、甘い果実は降ってこないんです。あなた自身があなたの身に起きた問題を解決するためとは言え、行動するのは、最初はきっとものすごく怖いと思います。いっそのこと、一生ベッドの中でもいいと思うかもしれません。
でも、それってものすごくもったいなくないですか?
どうして私が、私たちが、レイプを受けたというショックでこの先の人生を棒に振らなくちゃならないんですか?、おかしいですよね?

私たちには、回復する権利があります。望めば(なかなか難しいかもしれませんが)回復するための環境や人間関係も手に入ります。
時間はかかるかもしれません。しかしそれを言うなら絶望している時間さえ、もったいないとは思いませんか?

…ちょっと、口がすぎたかもしれません、すみません。

もしあなたがレイプにあった直後だとしたら、こんなことを言われても頭に入らないと思いますし、気持ちが苦しくて苦しくて仕方のない時に、こんなことを考える余裕なんてないかもしれません。
それでも言わせていただきますが、私たちの心には、回復できる力がちゃんと備わっています。投げやりになったり、イライラしたり、誰かを無性に傷つけたい気持ちになったとしても、それがずっと続くわけではないのです。(確かに私の場合は年単位で続きましたが…、それはそれ。)
いろいろなネガティヴな感情を安全な場所で素直に吐き出したあとは、乾いたスポンジみたいになっている心に、いいことをいっぱい吸わせてあげればいいのだと思います。

もちろん、その「いいこと」も人それぞれだとは思いますが、その時にも、素直になるのがいちばんです。素直になんてなれない、という方は、お手本や先人の知恵を借りてください。そう、もしかしたら、まだネガティヴな感情を吐き切っていないのかもしれません。同じことを何回繰り返して言ったっていいのです。いい主治医なら、ちゃんと聞いてくれます。私も病室や診察室で、同じ話を何度も何度もしてきました。主治医の先生はその度に聞いてくださいました。そうやって心を吐き出していくんです。何度でも何度でも気が済むまで吐き出していくんです。そうやって吐き切ったあとは、きっといいものを吸収できる心に、なっているはずです。