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このブログに思うこと。

こんにちは、水原です。
今日はですね、果たしてこのブログの行く末をどうしようかと思って、久しぶりに記事を読み返してみようと思ったんです。が、最後まで読めませんでした…。
これは…、重いわ…。とても。
性被害の当事者にとってはもちろんのこと、当事者のご家族様やパートナー様にとっても、ここの記事を最初から最後まで(短いとは言え)読み通すことは、もはや苦行ではないかと、思いました…。

なので、このブログを残そうか、路線変更しようか考えていました。まだ特にいい考えは思いついていないのですが、ドメイン使用料を来年7月まで払っちゃっているので、それまでは少なくとも消さないと思います。それ以降は、…どうしようかな〜。
もう、僕はね、ここに自分の性被害の当時に感じたことを書かなくてもいいかなって思い始めていて。まだ回復したと言えるわけじゃないけど、回復への道は、間違ってないかなって、思えるからね。

このあと、noteの方に、有料配信したかった記事をふたつ投稿して、それはご家族様向けと、パートナー様向けなわけだけど、それでこのブログの役割はひと段落と言えばひと段落で。問題はそのあと。

日記的ブログは別のところで別の名前で書いているので、わざわざここで書かなくてもいいし、本の紹介とか、病院の情報とか、需要があれば書いてもいいけど、それこそ僕が書かなくても、検索すれば出てくるだろうしね。(正直に言うと、僕は僕がかかってきた病院や先生のことは、あまり公には書きたくない。個人情報も関係してくるしね。まあ、何を今更だけど…。)

そうするとね、このブログ独自の存在意義を追求して書き続けることが、難しいんですよ。読むべき人に読んでもらえればいいと思って書いてきただけなので、PVをすごい稼がなくてもいいし。でも、その目的のためにだったら、有名になった方がいいとは思うわけで。
なので、有名になる努力をしようかと思います。ちょっとあざとくなるかもしれないけれど…。でもその目的は、このブログを読むべき人に、ここの文章を届けたいと言うことです。そこは、ブレません。

そんなわけで、どうなることかは僕にも分かりませんが、いましばらくお付き合いいただけると幸いです。
よし、がんばるぞ。
それでは、また、近いうちに。


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善も悪もない。

はい、昨日は本、読めませんでした~。
すみません、えっらい重かったです…。(内容がね…、本自体は軽かったんですが。)
そういう本を書いた著者も生き延びている現実を考えると、希望なのか絶望なのか、あやふやな気分ですが、少なくとも絶望だけではないことを祈ります。

世界は、きっと絶望ばかりでもなければ、希望ばかりでもない。
私たちがどっちの方向へ行ってるかは、多分誰にもわからない。(残念ながら絶望よりの方ではあると思うけど…。)
でも、絶対の善も絶対の悪もない。
神様なんかいない。
世界は、あるがままにある。
あと200年も経ったら、今生きている人間なんかみんな骨になってる。
くらいの気分でないとね、読めないんですよ、今度の本は。
私のブログを読んでいる方はどんな気分で読んでくださっているのか、まだわかりませんが、もともと性被害、性暴力というきついことを扱っているので、きつい気分になることも多いかと思います。そんな時は、読み終わったあと、お酒でも飲んでいい音楽でも聴いて、近くにパートナーさんがいるのなら、仲良くお喋りでもしてスキンシップとってくださいね。
自分の気分をコントロールすることは、PTSDに対処するにも非常に重要なテクニックです。
何でもいいから(大好きなぬいぐるみ、お気に入りの洋服、生まれた時から一緒にいる愛犬、etc.)、「これがあれば私はだいじょうぶ!」というものがあると、人は何とかなります。それから、自分が何かの、誰かの役に立っている、という実感も、生きることを少しだけラクにしてくれます。
小さなこと、簡単なことからでいいんです。そういうことを身の回りに集めておくといいと思いますよ。

もともと私たち、散々傷ついてここまで来ているんです。だから、ちょっとのことで、ちょっと優しくされただけで、幸せになれるっていうのは、特権ですよね。その代わり、ちょっとしたことでずーんと落ち込んだりもするわけですが…。
でも私ね、最近はそこまで落ち込んだこと、ないんですよ?
気分のコントロールは上手くなってきたんだと思います。
ただ、どうしても先送りにしてしまっていることはあって、先々まで見通すとできないこととか、できなくて悔しいこととか、出てきそうなんですけどね…。
まあでもね!、そんなに先のことばっか心配してもしょうがないんですよ!(←このへんが気分のコントロール)
この一瞬が今ですよ!
美味しいものたべて、どかっと寝て、元気出したらまた新しい気持ちで生きていけますよ!(私なんか、ホントその繰り返しですよ。)
あなたもあなたのトラウマと上手く付き合えるようになる時がきっと来ます。(しつこいようですが、いまそのためのメルマガ作っています~。)
そういう意味では、希望ばっかりでいましょうよ!
僕は今夜、ふたたび重たい本に挑戦してみますが、勝てる気はしませんw

じゃ、じゃあ、また明日。

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とっておき。

昨日はちょっと調子に乗って書きすぎました。
すみません、水原です。

私のことをいくら書いても、まあ、いいんですが、
できればそれがあなたの役に立つ情報であるといいと、思っています。
昨日の記事は、単に昔話と私の主張です。
失敗談と言えるかもしれません。
あなたはあなたの失敗談を、たくさん作ってください。

失敗するって、でも大切なんですよ?

人は失敗からは多くを学ぶし、用心深く、思慮深くもなるし、だからどうせ失敗するなら若いうちの方がいいんです。本人の記憶にもヴィヴィッドに残るし、ゆるしてもらいやすいですしね。

私がいまこの文章を書いている段階では、このブログはGoogleで検索しても出てきません。Googleで検索してひっかかるようになるまでには、少し日数がかかるらしいんですね。だからわりと好き勝手書いてるんですが。

そして少し先の日だとは思いますが、検索してこのブログに辿り着いてくれたあなたがいま、どんなことで悩んでいるのか私にはものすごくわかるところがあるんです。あるんですが、まだそれを直接お伝えできないのがもどかしいです。

と、愚痴を書いてもしょうがない。

たとえばあなたがいま、性暴力を、レイプを受けたばかりだとしたら、少しは役に立つことを私が言えるかもしれないということです。
相談できる人がいないようなら、このブログのたまっているはずのログを遡って、全部読んでみてください。そこにはいまの、あるいは少し先の、ずっと先のあなたがいるように、私は書いていくつもりです。

まず、今日はふたつだけ。
「あなたは、決して悪くない」
「あなたは、決して汚れてなんかいない」
このことをどうか、忘れないでください。
(実はこれ、けっこう核心なんですが。)
私も未だに「私が悪いんだ」「私は汚されてしまったんだ」と、思うことがあります。
そう思い込まされてしまうんですね。
それが性暴力のずるく、卑怯なところです。

だからいくら日本とは言え(海外では少し事情が違うかもです)、これだけ性暴力に関する個人的なブログが少ないんです。

もしかしたら、Twitterを鍵垢にして自分の気持ちをつぶやいている子も多いかもしれません。(そうしようとしても、それすらもできない子も多いかもしれません。)それも癒しの効果がないとは言いません。言いませんが、誰かとその気持ちを分かち合えたと思えた時の方が、ずっとずっと効果的です。そういう相手のいる人は、だいじょうぶです。

でも、そういう相手はなかなかいない、いても大事なら大事なほどその相手には話しにくいものですよね。
だから、上に書いたふたつの言葉を忘れないでください。自分に向かって言ってあげてください。

「あなたは、決して悪くない」
「あなたは、決して汚れてなんていない」
私も時々、思い出したように自分に言っています。
少しずつですが、自分を否定しなくて済むようになってきますよ。

じゃあ、また明日ね。

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あなたへ。

こんにちは。

ブログ二日目。水原です。

このブログは日記ではないので、ただつらつらと書いていけばいいというわけにはいかないのですが、つらいつらいと言っていても始まりませんね。
現状、といいますか、私の今の病状を少し書きます。
(と言いましても、話があっちこっちすっ飛ぶかもしれません。ご容赦ください。)

私が性被害にあってから、昨日も書きましたが、35年経っています。
しかし私は、それを昔のことだとは思っていません。
悲しみや怒りや悔しさ、無力感、自責感、自分のことを汚く思う気持ち、
そういうものは、私の場合は、消えていません。
自分が悪い、自分が汚いと思ってしまいます。
それから、私が男性でありながら、男性から性暴力を受けたということで、圧倒的なマイノリティ感を感じます。
いろいろな医療機関、お医者さん、カウンセラーさん、セラピストさん、そして自助(セルフヘルプ)グループなどに足を運んできましたが、私と同じ立場の方にはついに、会うことはありませんでした。これから先はわかりませんが。

過去は変えられないとはよく言いますが、昨日の記事に付け足しのような感じになってしまいますが、
私がこのブログを書こうと思ったのは、過去の自分を救うためであり、また、いま現在苦しんでいる、過去の私のような状況に置かれて、ここを読んでくれているあなた(女性・男性問わず)の助けに少しでもなればいいと思ったからです。
だからこその「あなたを、取り戻せ」というタイトルなのです。

私もまだ、回復途上ではあるわけですが、あなたが今まさにこの瞬間に死ぬか生きるかという思いと選択をしていることを、自分の身に起こっていることのように感じます。

私は長いこと、私の苦しみを誰にも話せませんでした。どうせわかってもらえないと思っていましたし、実際その通りでした。
私はずっとひとりぼっちでしたが、あなたにそうはなって欲しくないと、思っています。

ウェブの発達した今の世の中、情報くらいいくらでも出てくるだろうと、このブログを書き始める前に検索してみましたが、ごく一部の個人ブログを除いては、政府や医療機関や警察やテレビ局や出版社が発信しているものばかりでした。(例えば「性被害 ブログ」「性暴力 ブログ」で検索しても、個人ブログは驚くほど出てきません。)

だから、というわけだけでもないのですが、私に書けることは、書けるだけ書こうと思いました。
この文章があなたのもとに届くのが一年後か十年後かもわかりませんが、
あなたと同じ思いをしている人間がここにいることを知っていただけて、少しでもあなたの助けになればいいなと思い、今日は終わらせていただきます。

また明日。

あ、それから、ちょっとしたプロフィールを書いてみました。
自分で書いてて、楽しかったところときつかったところとあるのですが、よろしければ。
水原千里、略歴。

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初めまして。

初めまして。

本日からブログを書き始めたいと思います。
水原千里(みずはらちさと)と申します。
失礼かとは思いますが、仮名です。

「あなたを、取り戻せ」と題し、
「性被害にあった方々と、そのご家族の回復に寄り添うブログ」と副題をつけまして、少しばかり長いタイトルとなりました。(これ以上短くはできなかったのです。)

わざわざこういうブログを書くのは何故かと言うならば、私に性被害にあった経験があるからです。

私は男性ですが、中学2年の時に歳上の知人の男性から、断続的に一定期間、性暴力を受け続けていました。
いまはいくらか、こういう文章を書けるくらいには回復してきましたが、未だ専門家の助けと投薬治療が必要な段階です。ここまで来るのに35年、かかっています。

ですが、そのギリギリのバランスの上で生活をしている今だからこそ書けること、
そして今まさに性被害のことで苦しんでいるあなたに向けて書けることがあるのではないかと思い、ブログを始めることにしました。

さて何から書こうかと思いましたが、いちばん大事なところからでしょうね。
性暴力(要はレイプです)は、当たり前のことですが、犯罪です。
ちょっとだけ話がそれますが、性犯罪のことを「わいせつ」とか「いたずら」って呼ぶの、私はすごく嫌で。
「レイプって言えよ」「レイプ未遂って言えよ」と、関連のニュースを目にするごとに思っています。フラッシュバックは今でも起こります。それだけが理由ではありませんが、うちにはテレビがありません。

話を戻します。

レイプがどの程度の罪になるか、ということを考えてみます。

…考えてみようと思ったのですが、ウェブで調べているだけでも本気で気分が悪くなってきました。すみません。大事なことだけ。

2017年に性犯罪に関する刑法が改正され、今年2020年にも、さらに刑法見直しに向けて議論が高まっています。
リンク、貼っておきます。

でもごめんなさい。もう、放っておいて欲しいと思うのは、いけないことですか?

誰かが自動的に私をレイプした犯人を探し出して勝手に裁いてくれるならともかく、
私はもう、忘れたいんです関わりたくないんです触れられたくないんです。
でも、私にはそういう気持ちになった時、頼れるものがひとつだけあるんです。
その話は、これも長くなるので別の機会に。

明日はもう少し客観的に書ければいいなと思いましたが、客観的な話なら、ウェブや専門家に聞けばいくらでも出てきますよね。

私のブログではもう少し主観的な、当事者だからこそ言える話をしていきたいと思います。

まさか初日からここまで沼にはまるとは思っていませんでした。

でも、明日も書きます毎日書きます。

今、苦しんでいるあなたが読んでくださって、少しでも気を紛らわせてくれるのなら嬉しいです。