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どんどん本が届く。

こんにちは。
今日もまた本が届きました!
(ありがとうAmazonマーケットプレイス)
『13歳、「私」をなくした私』山本潤
今夜読みます。
結構、ずっしり来そう…。

でも、こういうブログを始めずに、記憶にフタをしたままの方がよかったとは思わない。
僕には、実際に起こったことを「で?、それが何?」と言い切ることはできる。だけどそれで、僕の傷が消えたわけでも治ったわけでもないことは、知っていてほしい。
いろんな経験、出会い、傷、無力感、無感動、無関心、無、無、無…、
どこまで行っても無だったことだってある。
それに比べれば、今はよっぽどましだと思える。

『13歳、「私」をなくした私』、例によってまえがきだけ読みました。
うう、やっぱりずっしり系…。
正直読むのが怖い。
だけど、今夜中に読むよ。
こういう本、読んだあとはね、苦しいけれど、仲間がいると思ってほっとする。
空気を伝って、地面の下の方で、見えない糸で、つながっている気がする。
甘々な関係なんて要らねんだよ。
僕はこういう本の著者さんたちと個人的に友達なわけでも何でもないけど、
つながっていると思えれば、それだけで勇気が出んだよ。
生きるには、そういう勇気が要んだよ。
生きるだけでも、大変なんだよ…、ほんとにさ…。
あー、一人称が僕になってるけど、今日はちょっとゆるしてね。
本、今夜中に読み切れなかったとしたら、音楽制作に逃げていたと思ってください。
まあ、本も読む、音楽も作る、っていうのがいいけどな!!

米津のアルバムかっこいいな…。
僕はやっぱり、金銭的に自由な生活と、音楽的に自由な生活の二択だったら、
音楽的に自由な生活を取りたいな。
(メフィストフェレスに魂を売った気持ちで。)
それはだって、決まってるじゃんか…。
当たり前じゃんか。ねえ?
生きている実感が欲しいんだよ。
音楽作ってる実感が欲しいんだよ。
だから今、とてもシアワセです。

じゃあ、また明日。

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ちょっと休憩。

なんかいろいろありましたが、仕事がちょっと決まりそうです。
今日はちょっとエアポケットみたいに時間が空いてしまい、早めに何か書こうかな~とMacに向かう午後2時半。
週末にはどかっと本が届く予定なので、性被害関連の話はちょっと休んでいいですか、すみません。
でもまあ心の中にちくちくと、いつもそれはあるんですけどね…。
だから、性被害関連の話は、自分の中から無くすことが目的じゃないんです。自分の中に在ることに慣れることが目的なんだと思うんです。消えない火傷の跡のように。取り消せない失敗した問いかけのように。
在ることが当たり前になったら、心の中は人の目には映らないわけですし、フツウに人生やっていけます。ただ時々、すごく疲れたり、ただ時々、すごく苦しくなったりするだけで。その程度のことですよ。だいじょうぶ、休めば治ります。
ただ、回復することだけを生きる目的にしているときついと思います。回復したあとに何か、なんでもいいからあなたなりの楽しみがないと、何のために回復しようとしてるんだっけ?、ということになりかねません。それを避けるために楽しみを見つける、っていうのも本末転倒ですけど、あなたなりの楽しみをちゃんとひとつ、持っていた方がいいと思います。

はっ?、結局性被害の話になってる?
まあ、私はいいんですけど、あなたにとって有用かどうかですよね、問題は。今日のはよく見積もって、雑談レベルですね…。
私も今日はちょっと疲れてますけど、だいじょうぶ、休めば治りますw

でも、どう、でしょうか…。少しはこのブログ、あなたの問題解決に、あるいはあなたの気持ちをラクにするのに役立っているでしょうか?
役立っているなら嬉しいですが、役立っていなかったら、まあ、これが私です。
精進はしますが、心根は変わらない気がします。
でも、きっと明日も書きます。
見守っていただけると嬉しいです。
メルマガも出します。(出す出す詐欺じゃないですよ~。)
お楽しみに!

じゃあ、また明日。

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希望のブログ。

昨日の夜、「性犯罪被害にあうということ」予告通り読み終わりました。ためになったし身につまされたし、字が大きいのもよかったです。
簡単にアウトプット3つ。
・解らなくていいから、分かろうとしてほしかった。
・被害者が求めている援助と、援助者がしようと思っている援助は、かなり違う。
・被害者面をしていた自分を客観的に見られる時が、いつか必ず来る。
共感したところ3つになっちゃったけど、まあいいですよね。
他にも共感するところはいっぱいあったけど、より一般的なもの3つでもあります。

でもやっぱり1番目ですよね。
ほんと、解ってくれなくていいから、分かろうとしてほしかった。特に私も自分の両親に対してそう思います。難しかっただろうことは百も承知ですが…。
宗教に逃げるのは、ズルだよね…。
ここに関しては、今でも私は納得いっていません。でも、だんだん年老いてきた両親に怒りをぶつけてもな、しょうがないよな、私がわかっていればいいことだもんな、な気持ちで、諦めはついています。それはもう、箱の中にしまって鍵をかけたことなのです。
でも、そういう思いをしてきたからこそ、1番目のフレイズは私にとって、刺さる言葉になったのだと思います。

あとの感想は、ほとんど昨日と同じです。(すごい!、まえがきと冒頭の数ページを読んだだけで内容をほぼ理解できている!w)
私と時にとても近く、時にとても遠い本でした。
まあ、状況も年齢も情緒も、違いすぎるから当然ですが…。
でも、こういうことに関する「仲間」を見つけるのはとても難しいことだということも実感しました。
小林さんは現実に、仲間を見つけ出しました。そのことはとても羨ましく思いました。
私は、こと性暴力被害に関しては、まだひとりぼっちです。(主治医の先生には恵まれましたが。)
ひとりぼっちで戦うのは、とても疲れます。疲れると、とても悲しくなります。そん悲しみの中で、泥んこになって戦っているのが、今の私です。もしあなたが、同じような思いをしているのなら、私とあなたは、何かとてもささやかなことを分かち合えるかもしれません。ここはそういう、希望のブログでもあります。

私があなたにしてあげたいことと、あなたが私にしてほしいことが、少しでも重なりますように。その逆も同様に。
ひとりぼっちの旅はいつまで続くのかわかりませんが、死ぬまで戦い、死ぬまで勉強、そういうことなのかもしれません。ホントにこのブログは、どこへ行こうとしているのでしょうか…?

じゃあ、また明日。

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今日、読むか。

「性犯罪被害にあうということ」まだまえがきと最初の方しか読んでいませんが、あえての感想を書きます。
著者の小林美佳さんはまえがきに、
『「理解」が私が願うたったひとつの、とても強力な被害者への支援である』と書かれています。そうですね、ここを読んだだけでも、著者の考え方の一端や性格、この本を書く動機などに思いをめぐらすことができるような気がします。
今、引用した部分の前には
「もしも近くにいる大切な人が犯罪に巻き込まれたとき……」とあります。
そう、自分に当てはめてみても、かわいそうと思われたいわけではない、励まして欲しいわけでもない、理解して欲しい。そんな風に考えるとぴったりきます。
しかしそれは、とても難しいことですね…。すでにこの本を読むのが怖くなってきています。読むなら一気に読まないとです。

もちろん、小林さんの考えが、性犯罪被害にあった人すべてを代表しているわけではありません。小林さんと同じような被害にあっても「そっとしておいて欲しい」「何も考えずに眠っていたい」「今は何も話したくない」など、反応は人によって様々だと思います。
そういう状態で「本を書く」と思い至った小林さんは、やはりどこかブッ飛んでいます。
そのいきさつや人間関係の変化などは、本を読めばわかると思いますが、いや、読むのにも勢いが要ります…。
今晩中に読む!、と決めて読みにいかないと、返り討ちにあいそうです。


私の住んでいるところでは、さっきまで派手な夕立と雷が大きな音を立てていました。あなたの住むところではどうでしょうか。
私とあなたは遠く離れたところに住んでいるかもしれませんが、ブログひとつで、内容ひとつで、その距離は縮まるような気がします。
同じように、どんなに近くにいても、言葉ひとつで相手をものすごく遠く感じることも、あるような気がします。

私はとても、大事に大事に書かないといけないブログをやっているんだなあと、改めて思います。
できることなら、このブログを読んでくれているあなたの心臓をむげに潰すことのないように。
また、できることなら、どんな形ででもいいので、あなたが少しでもラクになってくれるように。
そのことばかり考えて、毎日書いています。

じゃあ、また明日。

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とっておき。

昨日はちょっと調子に乗って書きすぎました。
すみません、水原です。

私のことをいくら書いても、まあ、いいんですが、
できればそれがあなたの役に立つ情報であるといいと、思っています。
昨日の記事は、単に昔話と私の主張です。
失敗談と言えるかもしれません。
あなたはあなたの失敗談を、たくさん作ってください。

失敗するって、でも大切なんですよ?

人は失敗からは多くを学ぶし、用心深く、思慮深くもなるし、だからどうせ失敗するなら若いうちの方がいいんです。本人の記憶にもヴィヴィッドに残るし、ゆるしてもらいやすいですしね。

私がいまこの文章を書いている段階では、このブログはGoogleで検索しても出てきません。Googleで検索してひっかかるようになるまでには、少し日数がかかるらしいんですね。だからわりと好き勝手書いてるんですが。

そして少し先の日だとは思いますが、検索してこのブログに辿り着いてくれたあなたがいま、どんなことで悩んでいるのか私にはものすごくわかるところがあるんです。あるんですが、まだそれを直接お伝えできないのがもどかしいです。

と、愚痴を書いてもしょうがない。

たとえばあなたがいま、性暴力を、レイプを受けたばかりだとしたら、少しは役に立つことを私が言えるかもしれないということです。
相談できる人がいないようなら、このブログのたまっているはずのログを遡って、全部読んでみてください。そこにはいまの、あるいは少し先の、ずっと先のあなたがいるように、私は書いていくつもりです。

まず、今日はふたつだけ。
「あなたは、決して悪くない」
「あなたは、決して汚れてなんかいない」
このことをどうか、忘れないでください。
(実はこれ、けっこう核心なんですが。)
私も未だに「私が悪いんだ」「私は汚されてしまったんだ」と、思うことがあります。
そう思い込まされてしまうんですね。
それが性暴力のずるく、卑怯なところです。

だからいくら日本とは言え(海外では少し事情が違うかもです)、これだけ性暴力に関する個人的なブログが少ないんです。

もしかしたら、Twitterを鍵垢にして自分の気持ちをつぶやいている子も多いかもしれません。(そうしようとしても、それすらもできない子も多いかもしれません。)それも癒しの効果がないとは言いません。言いませんが、誰かとその気持ちを分かち合えたと思えた時の方が、ずっとずっと効果的です。そういう相手のいる人は、だいじょうぶです。

でも、そういう相手はなかなかいない、いても大事なら大事なほどその相手には話しにくいものですよね。
だから、上に書いたふたつの言葉を忘れないでください。自分に向かって言ってあげてください。

「あなたは、決して悪くない」
「あなたは、決して汚れてなんていない」
私も時々、思い出したように自分に言っています。
少しずつですが、自分を否定しなくて済むようになってきますよ。

じゃあ、また明日ね。